音楽とウイスキーを愛するData Analyst
    @ ABBEY ROAD NW8 Nov.1990

選挙の夏、すさまじく違和感

可視化された事実について
既存の事象をもとにあれこれ類推するのはよくある話

例えば
X-Japan hideさんの告別式(1998年5月7日)に約5万人の人が築地本願寺に集まった。
過去、著名な芸能人の葬儀に参列した人数としては、美空ひばりさんの葬儀の約4万2千人が最高といわれていた。
X-Japanおよびhideさんの人気は、なんと戦後の国民的歌手美空ひばりを上回っていた。驚きだ。」

最後の一文は、いわゆる論理の飛躍
可視化された事実からいえるのは葬儀の参列者数においてhideが美空ひばりを上回ったということ。
これをもって、ファンの総数や人気の規模で上回ったとまでは言えない。

現実はこんな感じではないだろうか?

 

例えば
石丸伸二氏が昨年の都知事選で得票第2位となったのは視覚化された事実。
候補者を比較衡量して、得票数が3位の蓮舫氏を上回ったということも事実。
「石丸旋風」のような論調があった。
しかし、すべての票が、石丸氏への積極的支持票であったかはわからない。

「小池氏も蓮舫氏もどちらもいやだ」という人からの得票(石丸氏支持ではない非積極的な選択肢としての投票)はどれくらいだろうか?
こうした得票は相対的なものなので文脈に依存する。
相手や状況によって変化すると思われる。

今回の都議選の開票結果速報番組で、インタビューを受けた石丸氏は、
「都民の意識が可視化された結果で、それ以上でもそれ以下でもない」と答えたが、
「可視化された」のは単純にいえば票数という数字である。
上述のとおり「都民の意識」と「各候補得票数」との因果関係についてはそう単純には説明できない。

石丸氏は同じくインタビューに対して、「NHKが、各党が参院選の前哨戦として都議選を捉えているという報道をされましたが、すさまじく違和感を覚えていました」と述べていたが、私は「都民の意識が可視化された結果で、それ以上でもそれ以下でもない」というコメントに、違和感というか、失望というか、得心というか・・・を覚えた。

そして、ある人物の一冊の書籍のタイトルを思い出した。

『負けない交渉術』 橋下徹

 

来週7/3は参院選公示
与党も現野党もダメだと思っている有権者にとって、「再生の道」は究極の非積極的選択肢になるかもしれない。
そうすると、比例代表制のある参院選では「再生の道」が議席獲得の可能性もある。
でも、「再生の道」が議席を獲得しても、それは石丸氏のゲームの一環であって、それに付き合わされるのは、むなしいというか、無駄な時間というか・・・。

ついでにいうと、次回の都知事選に石丸氏が再出馬し、当選したら本当に大丈夫なのだろうか?
東京都の予算はスイスやスウェーデンなどに匹敵する規模である。
リーダーとしてそれだけの権力をもたせても大丈夫な人間なのかよくよく見極めないといけないと思う。

都民ではないので投票権はないのだが・・・