音楽とウイスキーを愛するData Analyst
    @ ABBEY ROAD NW8 Nov.1990

令和の米騒動

気が付けば4週間ぶりの更新になってしまった。

 

「令和の米騒動」と巷ではいわれているが、平成にも米騒動があった。

今から32年前の1993年(平成5年)。
長梅雨・冷夏の影響でコメの収穫量が減少した年。
経済調査や消費者調査に携わっていた頃なのでいまでもよく覚えている。

農林水産省の作物統計でみると、この年の米の作況指数は74。
米の作況指数終戦の年から現在までおおよそ100前後で推移している。
多少の上下変動はあるが、毎年、計画?予定?想定?どおりの収穫量をほぼ維持できていることになる。
そうした中で、1993年の作況指数終戦の年の67についで2番目に低い水準となった年だった。

「作物統計」農林水産省

子実用のコメとは主に食用を目的として生産しているものである。

 

1993年の梅雨入りは例えば関東甲信地方では5月30日。
7月29日にいったん梅雨明けが宣言されたが8月はくもりと雨の日が多く、
9月に入って梅雨明け宣言が撤回された経緯がある。
また、8月の平均気温も平年より低かった。

1993年の「米の供給不足」は、天候要因による「不作・凶作」という原因がすぐに可視化されていた。このため、価格も少し上昇していた記憶はあるが、秋には米の緊急輸入措置が取られている。

我が家でも「タイ米(長粒種)」を買った覚えがある。
当時は30代であまり米や和食にはこだわらなかった頃だったせいか、カレー、チャーハンならこれでもいいよねという感じだったし、食生活は多様化して、そば・うどん、パン、パスタなど、米にかわる主食用食材は普通に手に入るので、「コメがない」「コメが高い」と焦ることも、困ることもあまりなかったように思う。
少なくとも、自分の周りでは、「令和の米騒動」のような価格高騰に悲鳴を上げる消費者という光景ではなかった。

今回も、猛暑によるコメ作への影響という話をどこかでみたが、作況指数をみる限り、2023年、2024年とも101である。減反政策で作付け面積は減少しているが、作付けに対してそれなりのコメ収穫量が上がっていることになっている。
「令和の米騒動」は、統計データでみる限りにおいては、1993年のような天候要因にようる不作が主因ではなさそうだが、ゆえに対策が後手にまわった可能性もある。

 

確かに減反政策によって作付け面積も収穫量も減少が続いているが、同時に人口も減っている。
人口一人当たりの米収穫量は減少しているが、家計調査などの消費統計をみても、家計における一人当たり米購入量(需要)は減少傾向にある。家計調査が現在の日本の家計全体の実態をどこまで代表している統計といえるかは議論の余地があるとしても、食生活が多様化する中で家計のコメ需要量は依然として減少傾向にある可能性を示している。

ニワトリが先か卵が先かはわからないが、下のグラフをみると、人口減少とコメ需要の減退という社会動向を捉えながら、減反によって需給バランスの調整がうまく図られてきたようにもみえる。

確かに、2017年以降の人口一人当たりのコメ収穫量は、平成の米騒動の時と同じかやや下回る水準に低下している。しかし、今回の騒動が大きくなったのは昨年以降である。2017~2019年も収穫量はほぼ同水準だが、コメ騒動は起きていなかった。

「作物統計」農林水産省 「人口推計」総務省より作成

 

米の生産や流通に係る不透明な点、今回の流通不全、価格高騰の発生理由等々
今後に向けて解明すべき点はいろいろとあるはずだ。例えば、

作況指数は例年並みであるのに、米は本当に足りなかったのか?
 ・足りていたしたら、米はどこへいってしまったのか?
 ・逆に、足りなかったとしたら、2015年以降は慢性的に米の供給量が不足している
  状況であった可能性もあるが、2024年に問題が顕在化したのはなぜか?
・価格が高騰したのはどのようなメカニズムによるものか?
減反は足元でも続いているが、産業として維持できる水準点を下回る前のどこかで、
 少なくとも水平飛行に移行しないといけないはず。
 そのあたりの検証や予測・シミュレーションはどうなっていたのか? 等々

 

農林水産大臣を担ぎだしたのは夏の参議院選挙対策の一環だろう。
オールドメディアたちもそのちょうちん持ちをしているようである。
言葉のトーンに惑わされ易いが、強烈なリーダーシップを発揮しているわけでもない。誰がやっても同じぐらいの効果、想定範囲内の結果ではないかと思う。

お米の価格の適正化は喫緊の課題ではあるが、それと同時に重要なのは、今回の反省・検証のもとで打ち出してくる施策だと思う。

必要なのは、日本のコメ農家が適正な価格で米を売ることができ、事業として十分な採算性が確保でき、産業として自立できること。かつ、消費者が納得できる価格で購入できること。そして安定供給に向けて、生産・供給と需要の動向のデータをビビッドに把握できるしくみなどを再検討、再構築することだと思う。
また、コメ製品の高付加価値化や製品の多角化、コメ食やコメ活用の需要喚起等々、マーケティング等の強化による需要拡大にも伸びしろはあると思われる。

「仮想敵を作り上げ、それを叩いて改革する」という、短く、威勢の良い、聞こえのよい「改革」フレーズが出てくるかもしれない。
オールドメディアもそれを持ち上げるかもしれない。

その時、われわれ国民は冷静な目で、
・これまでの問題点の解明と対策がエビデンスとともにわかりやすく示されるか?
・目指すべきゴールが施策としてのゴールになっているか?
を見定めていくことが大事だと思う。

エビデンスの提示や明確な説明なしに施策が打ち出された場合には、
そのウラに別の動機が潜んでいる可能性を疑った方がよいかもしれない。

1993年と2025年では、日本という国のもつ「体力」「回復力」は違う。
「改革」は、間違っても、日本を壊すようなものであってはいけない。

平成と令和のコメ騒動によって、主食となる農産物(コメ)については、少なくとも自給自足できることが経済安全保障上の面から重要性が高まっていること。そして、なによりもコメが日本人の心の安定(安心)に深くかかわっていることが再認識されたのだから。